◇愛猫ちび、永眠。
ちびが逝ってしまいました。直前まで絶対治ると信じてうたがいませんでしたが、あっけない最期でした。初七日が済んだところですが、もう一ヶ月も二ヶ月も経ってしまったような気がします。ちびとの出会いから15年、一体ちびは実際にいたのか、いなかったのか、何だかまるで夢のようにも感じます。
ちびは私にとって特別な日に拾った、特別な子でした。ちびを拾う直前に、ある本を手にし、その中に紹介されていた方とある講座との出会いがその後の私の人生を変えたのでした。
ちびを抱いてエレベーターを降りた時にふと空を見ると、天使の階段のような、今まで見たこともないような美しい雲が空にかかっていたことが印象的でした。ちびを送った日も、暫く振りの好天に恵まれ、空は青く高く、ペット霊園に向かう途中の車窓から見えた富士山は、雪を頂き、麓には雲がたなびき、神話に出てくる霊山のように映りました。単なる偶然、と言ってしまえばそれまでですが、「ああ、安心してちびを送れる」と感じた、そんな冬日でした。
丸々6週間の闘病生活でしたが、亡き骸はそんなことを微塵も感じさせない程美しく、ただ眠っているだけですぐにも起き出すのではないかと錯覚する程でした。
「猫は目を閉じませんよ」と獣医さんが言っていましたが、耳元で、「ちび、今までありがとうね。今度はもっと良いところに行くんだよ」と囁くと、それまで閉じていなかった目が徐々に閉じて、表情も安らかなものに変化していったように感じました。
翌日、日向ぼっこが大好きだったちびに最後の日向ぼっこをとベランダに出すと、発病してから毛づくろいも全く出来なかったちびでしたが、体の毛が輝いて、何年も時が遡り、若い時のちびにもどったような気がしました。葬儀屋さんも、「いつ亡くなったんですか?15歳?とてもそんな年に見えないなあ」と驚いていました。
思えば、やはり寿命だったのでしょう。発病から逝ってしまうまで、何回か分岐点がありましたが、全て悪い方へ向かってしまうような結果になりました。目が見えなくなってしまった時も、浮腫んで尿が出なくなってしまったときもそうでした。
逝ってしまうまでの数日間、私の生活は自分の寿命を縮めてもという位の気持ちで、24時間がちび中心に回っていました。しかし、前日にとても大事な仕事が入ってきて、ふとちびから意識が離れました。そして、その翌日にあっけなく逝ってしまいました。きっと私の邪魔をしないようにと、自分で時期を察したのではないかと思います。
獣医さんは「この子はよく頑張りましたよ。本当だったら昨年末に逝ってしまってもおかしくない状態でした」と言っていました。それからちょうど4週間、ちびは私の「生きていてほしい」という気持ちに反応して頑張っていてくれたのではないかと思います。気功治療の時や、お祈りしている時など、眠っていたちびがふと目を覚まして起き上がろうとしたことが何回もありました。直前まで危篤状態というものもありませんでした。
最期まで、前向きで頑張っていたちび。
たくさん悪戯もしたし、たまを苛めたりも家族に噛み付いていたりもしたけど、亡くなった母を癒し、その後は私達を癒してくれたちび。猫なりの徳を積んで、最後少し苦しんで果もしっかり果たして、猫なりに高いところに行ってくれたでしょうか。
ありがとう、ちび!!また、どこかで逢えるといいね。
(昨年5月位のちびの寝姿。
歩けなくなるまでは、夜には見えない目で私のベッドまでやって来て、私の首に巻きついて休んでいたりしました。
病気になってからは、あれ程聞かん気のちびが、寂しい位に聞き分けの良い、大人しい従順な子になっていました。)







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