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従軍慰安婦問題、ワシントンポストに「意見広告」

<< ワシントンポストに「意見広告」 >>  (花岡信昭メールマガジンより)

 日本時間で14日夜、「ちゃんと出てますよ」と連絡を受けて、なんともいえない感慨に襲われた。実は、作曲家のすぎやまこういちさんの「こころいき」に共鳴して、米紙に意見広告を出すためのお手伝いをしてきた。

 最初は「南京事件」の意見広告を出そうとしたのだが、ニューヨークタイムズにもワシントンポストにも断られた。「慰安婦」に切り替え、評論家・西村幸祐さんの協力も得て広告原案を作成、向こう側とかなりのやりとりの末、ようやく実現した。

 マイク・ホンダ議員が提案した「慰安婦対日非難決議」が米下院で採択されるのかどうか、まだはっきりしないが、それより前に出したかった。

 慰安婦問題では「20世紀最大の人身売買事件」などと勝手放題を言われているが、意見広告では「事実をきちんと見つめてください」という冷静なスタンスで臨んだ。すぎやまさんの考えによる。

 「THE FACTS」という大見出し。絞りに絞って、5つの「事実」を提示した。これは西村さんの発案だ。

 1:軍による組織的な慰安婦の強制連行という事実は存在しない。(「募集に当たっては軍部の名を利用してはならない」という通達を提示)

 2:悪徳業者は処罰された。(東亜日報の当時の記事を提示)

 3:インドネシア・スマランで起きたオランダ人女性連行は軍末端組織の暴走によるもので、責任者は処罰された。

 4:元慰安婦の証言は対日非難キャンペーンの高まりと呼応して変化していった。

 5:当時の公娼制度のもとで、佐官級の収入を得ていた例も少なくない。

 おおよそ、以上の5点を中心に「事実」を提起した。

 さらに、「あの悲惨な戦争の時代に、多くの女性たちが過酷な境遇におかれたことに対しては深甚な思いをはせたい」「しかし、官憲による“慰安婦狩り”の事実はなかった」と締めくくった。

 櫻井よしこさん、屋山太郎さんがこの趣旨に賛同、われわれ3人を加えた「5人委員会」がこの意見広告を出すかたちにした。さらに、国会議員、識者ら賛同者の名前をつらねた。

 とにかく、この問題に関しては、「無知」がまかり通っている現状をなんとかしたかった。「慰安婦は兵士からカネを取っていたのですよ」と説明すると「ええっ!ホントですか」という反応が返ってくるのが実態なのだ。

 古森義久氏が再三、指摘しているように、アメリカでの慰安婦非難キャンペーンには、中国や韓国のプロパガンダ団体が深くかかわっている。これに対して、日本側の発信機能はきわめてお粗末だ。

(中略)

 すぎやまさんは「1票の格差」是正運動に力を入れてきた。週刊新潮でいま4回にわたって意見広告を掲載中で、筆者も第1回(7日発売号)を書かせていただいたが、これもすべてすぎやまさんの企画である。

 この連載企画には、14日発売号・曽根泰教慶大教授、22日発売号・屋山さん、29日発売号・櫻井さんが登場する。

 

 米国のメディアの反応なども知ることができるので、メルマガをそのまま掲載させていただきました。

 また、ワシントンポストの意見広告はこちら(西村幸祐氏ブログ)で確認できます。拡大も可能です。

 なお、この意見広告について6月19日午後4時から賛同者の方の参加も得て記者会見が行なわれる予定のようです。

 ワシントンポストには、本年4月26日、同様に在米韓国系団体、「慰安婦問題ワシントン連合」(徐玉子会長)が、安倍晋三首相の訪米時期を狙って「慰安婦の真実」と題した全面広告を掲載していました。慰安婦問題と無関係の写真も入れて、「日本はこの犯罪に全面的な責任を取ったことは一度もない」と。(翌日27日のNYタイムスには「韓国系米国人全国協調評議会」による、慰安婦問題についての「安倍晋三首相への公開書簡」という全面広告が掲載された)

 さて、今回の韓国メディアの反応はどのようなものでしょうか?

(韓国聯合ニュースの日本語訳を2ch「【慰安婦問題】「政府・軍の強制は無かった。慰安婦は売春婦で、将官より高収入」…日本議員らが米WP紙に全面広告」より転載)

■日本の議員ら、「慰安婦強制は無かった」とWP紙に全面広告

 日帝従軍慰安婦問題に対する日本政府の謝罪を求める決議案が米下院で審議中のなか、日本の議員約40人が14日、ワシントンポスト紙に全面広告を出し、慰安婦動員における日本政府や軍隊の強制は無かったと主張した。

 自民党・民主党及び無所属の議員45人は、教授・政治評論家・ジャーナリストらと共同で出した「事 実(THE FACTS)」というタイトルの広告の中で、日帝当時に日本政府や軍が慰安部動員に介入したという文書は見つかっておらず、「日本軍が若い女性たちを性奴隷になるよう強いた」というマイク・ホンダ議員の決議案の内容は歴史的事実と異なる、と反駁した。

 日本政府と軍は当時むしろ、女性を拉致して慰安婦にしてはいけないという命令を下しており、女性を慰安婦にしたブローカーらが警察に摘発されて処罰されたという韓国メディアの報道まである、と広告は指摘した。

 それでも一部の軍人が規律を破って女性たちを捕らえて売春行為を強要したケースがあり、インドネ シアでオランダ人女性らが連行されて慰安婦にされたのはその代表的な事例だが、関連者は後で全員重罰に処せられた、としている。

 日帝慰安婦は通常「性奴隷」と描写されているが、実際は許可を受けて売春行為をした人々で、大多数の収入は日本軍将校や、場合によっては将官よりも多かった、と広告は強調した。

 また、このような売春行為は当時全世界的に普遍的なことであり、米軍も1945年の日本占領以後米兵による強姦を防ぐため衛生的で安全な「慰安所」の設置を日本政府に要請した、と付け加えた。

 米議会に提出された決議案など慰安婦問題に関する主張の大部分は生存者の証言に基づくものだが、慰安婦のお婆さんらは当初は「ブローカーに連れて行かれた」と言っていたのに後になってから「『警察のように見える制服』を着た人によって拉致された」と主張するなど、証言に一貫性が無い、と広告は述べた。

 したがって、今年4月末にワシントンポスト紙に掲載された「慰安婦に関する真実」という広告は決して事実ではない、と広告は主張した。

 そして末尾に、「 悲しいことに第二次大戦中に多くの女性が極度の苦難に遭ったことは極めて遺憾」ではあるが、「同時に、若い女性を性奴隷にしたという20世紀最大の人身売買事件の一つを日本軍がやらかしたという下院決議案は、重大で故意的な事実歪曲である」と強調した。

 また、「実際に起こったことに対する批判は謙虚に受け入れるべきだが、根拠の無い中傷や名誉毀損に対して謝罪を行えば、大衆に歴史的事実についての誤った印象を与えるのみならず、日米親善関係にも悪影響を及ぼすおそれがある」と強弁している。

 日本の議員や教授らによるこのような広告は、米下院で審議中の慰安婦決議案の通過を阻止するための多角的な努力の一環と見られる。しかし、日本議員らのこのような広告内容は、アメリカ国内の歴史教科書を初めとする各種の慰安婦関連記述に反するのみならず、太平洋戦争当時の従軍慰安婦動員の過程で日本軍と官吏が関与したことを認めて謝罪した1993年の「河野談話」を受け継ぐとしている日本政府の公式立場にも反することから、論難が予想される。<後略>

▽ソース:聯合ニュース(韓国語)(2007/06/15 00:37)
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2007/06/15/0200000000AKR20070615001100071.HTML

 

 日本の識者による反論というより、「事実」広告に、思ったより大人しめの反応でしょうか。

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Comments

「中国ニュースブログ」様、TBありがとうございます。誠に勝手ながら、リンクを貼らせて頂きました。m(_ _)m

Posted by: 管理人 | June 19, 2007 09:20 PM

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