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李登輝前総統、「訪日は非常に成功」

20070609taoyuan1_1  【台北=山田周平】訪日していた台湾の李登輝前総統は9日夜、台湾に帰着した。李氏は空港で記者会見し「訪日は非常に成功した。日本と台湾の関係は将来、もっと密接になる」と語った。検討している今月20日前後の再訪日については、今後の体調をみて実行するかどうかを判断するとした。(日経新聞6月10日 23:16)(写真は「李登輝友の会」のHPより)

 最後の最後に残念なことがありましたが、無事に帰国されて良かったです。是非、またいらしてください!

 少し遅くなった感がありますが、メディアではどこもあまり詳しく紹介されていない李登輝さんの記者会見でのメッセージを紹介したいと思い、書き込みます。折角、「日本に頑張れと言いたい」という思いも込めての李登輝さんの来日ですので、やはり欠かせません。

 6月9日 外国人特派員協会における記者会見(要旨)

 ・秋田国際教養大学にて、日本の若い人に問う

 特別講義で「日本の教育と台湾 私の歩んできた道」をお話しすることが出来た。若い大学生たちに私は、はっきりと日本的教育で得られた私の経験を伝えた。それは、専門的な職業教育以外に、教養として「人間のあるべき姿」そして「人間とは何ぞや」または「私は誰だ」という問題に答えが得られたこと、そしてその問いに対して「私は私でない私」という人生の結論が得られたということだ。
 「Who am I?」という問に「I am not I that I am」という答えを得た。こういう人生の結論が得られたことによって私は自分なりの人生の価値観への理解と、種々の問題に直面したときにも自我のことを排除して客観的な立場で正確な解決策を考えることが出来た。

 ・靖国神社参拝

 6月7日早朝、靖国神社を参拝した。日中韓で歴史問題、政治問題として、大きく取り上げているが、私は参拝に行く前に、日本の新聞記者にこう言った。「私はこれから、第2次世界大戦で亡くなった兄の冥福を祈ってまいります。60年間会っておりません。家には位牌も無ければ、兄がどうしているのかわかりません。」
 非常に親しかった兄貴が62年前に亡くなって以来、私は会うような機会がなかった。私が東京に来る際の困難があったため、靖国神社にも行けない状態だった。私はこの度一族を引き連れて、家内と孫娘を連れて、実兄の慰霊に冥福をささげることが出来たことは私の一生に忘れがたいことだと思っている。

 同時に、その日の夜、歓迎実行委員会の主催で、「2007年およびその後の世界情勢」について学術的な講演をした。私はその講演を政治的な講演とは思っていない。いわゆる世界の情勢に対する客観的な、私の知っている限りのいろいろなことについて、客観的な立場から講演をした。

 ・東アジア・両岸海峡、台湾海峡問題

 世界の政治は3つの主軸にしばらく集中するであろう。第1は、2007年、ロシアと中国の世界政治に対する重要性は、米国がイスラム世界で巻き起こした衝突、世界の反テロ戦争に劣らない。
 第2、米国とイランは、イラクにおいて対立を起こしているが、双方共に一方的勝利を得ることなく、政治的な解決に向かわしめる可能性を有している。
 第3は、世界のリーダー国である米国の政治的機構の麻痺、外交ではイラク問題、内政ではブッシュ政権の弱体化が起こっている。この機会に乗じて、ベネズエラからソマリア、アジアに至る中で、米国に挑発的な国がより侵略的な行動に出ると思われる。
 東アジアはまさに政治の一年になるだろう。2007年は日本・台湾・韓国・フィリピン・オーストラリアともに選挙が行われる。中国・北朝鮮・ベトナムの3つの共産党国家もこの年に党内の上層部人事の再調整が行われる。このため今年は、東アジア各国の内部権力が再分配され、それらの国々は外交ではなく、内務に力を注ぐ年になるだろう。
 総じて、2007年は、東アジアにおける国際政治は、比較的安定した年となる。その安定した範囲に台湾海峡も含まれているはず。

 米国は一時的にアジアにおける指導権を失う。一変するには、米国が新たな政治周期に入る間まで、次の大統領選挙が終わって新政権が出来るまで待たなければならない。
 アジアは第二次世界大戦前の状態に戻ったようだ。すなわち、東アジアが地域内に限定された権力抗争が繰り広げられ、その権力抗争の主軸となるのが日本と中国である。 
 中国が2007年、2008年に東アジアの戦略情勢を指導することが出来たならば、2008年5月に就任する台湾の新しい総統が、中国から一段と厳しい挑戦を受けるであろう。

 ・旅の感想

 私は一昨年、60年ぶりに家族4人で日本を一週間訪問し、観光する機会を得た。東京に出て来られないため、名古屋を中心に金沢、石川、京都でその旅行を終えた。今回は念願の奥の細道を辿る旅が出来、同時に東京に来られ、多種多様な形で展開することが出来た。
 前回と今回で私が強く感じたことは、日本は戦後60年に大変な経済発展を遂げているということだ。私は昭和21年まで、有楽町近く、新橋の焼け野原の中に建った一軒の家に住んでいたが、その時の有楽町とは天地の差だ。焦土の中から、立ち上がり遂に世界第2位の経済大国を作り上げた。
 政治も大きく変わり、民主的な平和国家として世界各国の尊敬を得ることが出来、その間における国民の努力と、指導者の正確な指導に、敬意を表したい。
 日本文化のすぐれた伝統は進歩した社会の中で失われていない。日本人は敗戦の結果、耐え忍ぶしか道がなかった。忍耐する以外に何も出来ないと、経済一点張りの繁栄を求めることを余儀なくされた。そうした中にあっても、日本人は伝統や文化を失わずに来た。

 ・日本人の素晴らしさが残っている

 日本での旅行で強く記憶に残っているのは、さまざまな産業におけるサービスの素晴らしさだ。そこには戦前の日本人が持っていた真面目さ、細やかさがはっきりと感じられた。今の日本の若者はだめだという声も聞くが、私は決してそうは思わない。日本人は戦前の日本人と同様、日本人の美徳をきちんと保持している。社会が全部秩序よく運営され、人民の生活が秩序よく守られているという事だ。

 確かに外見的には緩んだ部分もあるでだろう。それはかつての社会的な束縛から解放されただけで、日本人の多くは今も社会の規則にしたがって行動している。
 私が東京から仙台に行くまで、あるいは日光に行くまで、交通規則をよく観察してみて、日本人は本当に社会の規則にしたがって、みんな正しく行動している。このような状態は他の国では見つからない。社会的な秩序がきちんと保たれ、公共の場所では最高のサービスを提供している。公共の場所では出来るだけ清潔な状態を維持している。長い高速道路を走ってみても、チリひとつない。ここまで出来る国は国際的に見て、恐らく日本だけではないだろうか。

 さらに、かつて日本の若い人々に会ったとき、「自分さえよければいい、国なんか必要ない」という考え方が強かったようだったが、最近は、日本人の国家や社会に対する態度が大きく変わり始めている。戦後60年間の忍耐の時期を経て、経済発展の追及だけでなく、アジアの一員としてその自覚を持つに至った。武士道精神に基づく日本文化の精神面が強調され始めた。日本文化の持ついわゆる社会精神的な面がいま非常に高く評価され始めている。
 日本の文化は歴史以来、大陸から西洋から、滔々と流れ込んできた変化の大波の中で、驚異的な進歩を遂げ続けてきた。結局一度として、それらの本流に飲み込まれること無く、日本独自の伝統を立派に築き上げて来た。日本人には、古来そのような稀なる力と精神が備わってきている。外来の文化を巧みに取り入れながら、自分にとってより便利に、受け入れやすいものに作り変えている。このような新しい文化の創造、作り方というのは、一国の成長、発展という未来への道について非常に大切なものと私は思っている。そしてこうした天賦の才、天から授けられた日本人の持つこの才能に恵まれた日本人がそう簡単に日本的精神といった貴重な遺産や伝統を捨て去ることは無いと私は固く信じている。
 日本文化とは何か、それは高い精神と美を尊ぶ、いわゆる美学的な考え方を生活の中に織り込む、心の混合体こそが日本人の生活であり、日本文化そのものであるということである。
 次に日本を訪問する機会では、日本は歴史的にもっと創造的な、生命力を持った国に生まれ変わっているものと私は信じる。

(記者との質疑応答は次回に)

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