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李登輝前総統、帰国前の記者会見

 李登輝前総統の来日は、氏ご自身が語られたように、「大成功」でした。最終日、最後の最後に中国人の暴漢によって「ケチ」がつきましたが、それはまた、日本全国に中国人の品格のなさを知らしめ、また、台湾と中国は違う国であること、台湾は中国との統一を望んでいないことなども、これまでそうした事情をよく知らなかった人達にまで周知する結果ともなりました。

 李登輝さんは訪問した各地で記者会見を行い、日本人に対し叱咤激励をしてくれたのですが、その記者会見でこんなエピソードがあったそうです。

 「会見が終わると、日本人記者がよく拍手を送ったらしい。まるで講義終了後の学生のようにだ。また「靖国参拝ができてよかった」とささやいた朝日の記者もいたのだとか。」(ブログ「台湾は日本の生命線」より)

 「朝日」までと、何やら嘘のような本当の話ですが、実際に講演を聞かせたもらった私には、李さんのお話には、政治的立場云々は別として、我々日本人を引き込む人間としての魅力と、勇気を与えてくれる「力」があると感じます。

 さて、以下は李登輝前総統帰国の日に行われた外国人特派員協会で行われた記者会見時の質疑応答の要旨です。産経新聞で一部紹介されていましたが、更に詳細を転載させていただきました。

*今回の訪日で、どのような点に最も影響力を発揮したと思うか。もともと国民党である李さんは、次回の選挙で誰を応援しているか。(シンガポール記者)

私の元々の職業は農業経済学者、経済学者だが、総統をやっていたので政治家と思われてきたが、今度の日本訪問はそういう色彩を出来るだけ出したくない。
日本で見たいものは何か、勉強したいものは何か、日本文化とは何か、日本文化の持つ本当の意味を実地に見なければならないと思った。
一つの国が発展するには、物質的な面の発展だけではなく、必ず文化が基礎となり、それが人民の生活を基礎的な考え方・哲学となり日本の国の形を作っていくもの。
私は国民党の指導者の12年間で台湾の民主化を行い、それを一生の誇りと思っているが、国民党から見れば李登輝は反逆者なので、潔く国民党を離れた。
今はまったく自由な形で、台湾の政治や成り行きを見ている。だから、誰が総統に当選する、どういうことが起きるということについて私は関心をあまり持ちたくはない。それは人民が決めるもので私が決めるものではない。これは非常に大切なことだ。

*台湾政治の今後と靖国神社について(イタリア記者)

私は民主主義社会、民主政治を12年間、一滴の血も流さずにやって来た。その目的は人民の生活に傷をつけたくないということ、人民の豊かな生活だ。そのための私の基本的な考え方は市民社会だ。それは単に教養、或いは政治制度自体が変わっただけでは、なかなか成功することは難しい。
台湾における現在の政治体制の問題において、私は基本的に人々の高い教養と教育が大切であり、それによって今後の民主政治がうまくいくと思っている。私の基本的な考え方は、個人的に人間としてどうあるべきか、国に対してどうあるべきかというようなものから出発して考えなくてはならない。

一昨日、私は靖国神社を参拝した。新聞では政治的問題として取り上げたり、歴史問題として政府を糾弾するなど色々あるが、私はそれと無関係だ。
私は、一個の人間として、家の兄への長い間の思いと、冥福を祈るというのが唯一の目的だ。そこから人は出発しなくてはならない。
そういうところで、私は一昨日、靖国神社を訪問したが、日本における靖国神社に対する考え方は今後変わっていくと思うが、私は非常に感謝している。兄は亡くなって60数年、家には位牌も無ければ墓も何もない。それを靖国神社が安置してくれ、魂を鎮めてくれていることに対し、私は非常に感謝している。

*靖国神社参拝に対する反応について(フランス人記者)

一体、靖国神社問題とは何処から出てきたか。こうした事情をもう少し考えなくてはならない。靖国神社問題というのは、中国大陸や韓国で自国内の問題を処理が出来ないが故に作り上げられた事実だ。
それに対して日本の政治はあまりにも弱かった。こうした事が外国の政府によって、批判される理由はない。自分の国のために戦った若い命をお祀りする、それは当たり前のことだ。
私は台湾で国民党の総統を12年間やった。毎年、春と秋に忠烈祠に行きそうした人達の魂が鎮まるようお参りした。この人たちは正直言うと台湾とは無関係の人たちばかりだ。台湾のために血を流した人ではない。ただ、我々は人間として、広く人類愛に基づいた考え方で慰霊をするということは大切なことだと思う。

私はかつてパリで“台湾フランス文化賞”というのを設けた。フランスが200年間も努力してきた民主主義とは、フランス革命が元になっている。
それなのに、私がフランスへ行こうとしたら、フランスの首相が中国へ行くから李登輝が来ては大変だ、困る、と否定した。私がここでこのようなことを述べるのは非常に僭越だが、既成的な概念で現在の新しい社会が進んでいく方向を妨げてはならない。これは非常に大事なことだと思っている。

*李氏の中国に対するチャレンジについて

私がチャイナにチャレンジをしていると言われたが、一つもチャレンジなどしていない。私が総統時代の1991年、国民党と共産党が内戦を続けていたのを、このような状態では台湾と大陸で良い関係が作られるはずがないと、それで私は内戦停止を行った。この内戦停止と同時に北京政府に対し、“北京政府は有効的に中国大陸を治めている。台湾は台湾できちんとやりますから、お互いに良く付き合っていきましょう”。と、そしてその為に色々な組織が作られた。大陸委員会、海峡委員会で辜振甫さんを利用して汪道涵さんとのお付き合いと、こうした形で問題をお互いに話し合って解決していけば、”チャレンジ”というものはない。
私はそうした状態を、“チャレンジ”ではないと思う。国と国との間における静かな安定した状態を作り上げていくのは、国を守る最も重要な要件であると思っている。

私から見ると、日本の方々は、あまり中国を知らない。私は22歳まで日本国籍を持っていた人間だが、60数年間の中国生活というものが、私に何を教えたか。中国人に対する考えた方というのは、中国人になって中国人と話をしなくてはならないということだ。
日本がこれからアジアの自主的な、ある力をもった国家となるためには、日本的な日本人の立場で、中国人と話をしても、話は合わない。なかなか難しいことだ。
安部首相の肩を持っているように言われるかも知れないが、私は彼が真っ先に中国大陸を訪れ胡錦濤主席と色々な話をし、お互いに信頼関係を戦略的に作りましょうといった(ことを評価する)。碁をやる時には布石をやらなくてはいけないが、この布石は上等な布石だったと思っている。日本の中には、これを批判している人がいるが、布石が無ければ次の碁は打てない。次の定石ををどこに置くか、布石が無ければ定石はおけない。こういう考え方のもとに、国と国との間の関係を作り上げていくというのは、非常に正しいやり方だと思っている。

中国人が一言言っただけで兢々として、例えば靖国神社へ行ったら新聞が書き上げるが、そんなことは信じない方がよい。
私は兄の冥福を祈りに靖国神社へ行ったが、私の見ている限り、中国の上の人は何も言い切れない。下っ端の役人がくだらないことを言って騒がしているだけだ。そういうことを知らなければ、国と国との関係をうまくもって行くことは出来ない。新聞がそういう下っ端の人たちの言うことを聞いて大きく書き上げる、それ自体が私は非常に間違いだと思っている。

*台湾の法的地位について

これは非常に重要なことだと思っている。1952年、サンフランシスコ条約が締結された時、日本は台湾をどこに返すか、一言も書いていない。それだけは頭に入れなくてはならない。
戦後、マッカーサー司令部の命令により、蒋介石政権に「台湾をしばらく統治しなさい」となったが、台湾の主権における考え方は今でも不明瞭だ。この不明瞭さによって、世界のはっきりしない戦略の中に台湾が置かれている。中国で考えたら、台湾は中国のものだと言い、アメリカでも中国のものだと考えているかも知れない。
ところが台湾に存在する2300万人の人々、それこそが台湾の主権を本当に握っているはずだと思う。だから私は「台湾は既に独立した一つの国である。主権もあり自由もある、独立した国である」と言っている。我々は今さら独立をやる必要があるだろうか。
中国大陸から独立するといった場合、中国大陸では、国家に反逆する法令が作られたが、私の見方では、中国大陸の上層部の人々は、恐らくこの法令で頭が痛いのではないかと思う。だから、(台湾が独立するといったら)何かしら言わなければならない。

台湾は独立していると、かつてドイツの放送局に言ったことがある。台湾の地位は非常に複雑な状態に置かれている。判決のない特殊な状態にある。その状態の中にあって、台湾の人々が「台湾は自分たちの国だ」という意見を持ってやっていかなければ、誰も助けてくれない。
中国が台湾海峡において有している問題は、台湾とアメリカの2つだけだ。この問題がいつどんな形で解決するかわからないが、台湾は独立した、自由な、民衆的な国家だということを強く主張することが当たり前である。
ヨーロッパでも色々な国が出たり入ったり、取ったり取られたりしている。一番重要なのは、その国の住民がアイデンティティを持ち、さっき申し上げたような「Who am I」 ではなく、「Who are we」という考え方に台湾の重点がおかれるべきだ。
だから中国が台湾に色々といっても、私は少しもびくともしない、出来るだけ国民にも気を使う必要はない。なぜかということを話すと時間がかかるので言わないが(笑)。
台湾が新しい方向に、自由と民主という方向に歩いていかないと、中国のいわゆる「輪廻の芝居」の中に永久に取り囲まれてしまう。今は経済が伸びているが何年かの間にいつどうなるかわからない。これが中国の長い間における、発展・後退、発展・後退という皇帝の時代の変化の過程が中国の政治であった。
ああいう政治が繰り返されないためには、やはり民主化を進め、人民には自由を与えるという道を進めなければならない。ここには細かな困難な問題がいくつもあるだろう。ただ、そのような問題は、大きい将来を考えれば簡単に片付くものだと信じているので、あまりこれにとらわれて、新聞に大きく書く必要はない(一同笑い)。

*バチカンが中国との国交締結を模索していることについて

バチカンと中国大陸との関係というのは、これは宗教的ないわゆる個人の信仰の問題というよりは、政治的な意図が全部含まれている。あまりにも政治的な意図が強いもので、個人的な自由、信仰の自由というものが唱えられていない。
divorce(台湾とバチカンとの国交断絶)の問題だが、中国とバチカンでは違う考え方を持っているかもしれない。ところが基本的な問題は、中国では、天主教の神父というものは北京政府に指定された人でなくてはならないのだ。信仰が政府によって規制される、こういうことは世界的に見てちょっとおかしな話だ。神父あるいは牧師が政府によって支配される、これではちょっと話が違う。人間の信仰は自由だ。
バチカンと台湾の問題については、台湾と天主教との間、あるいはむしろマイナーの問題として台湾政府とバチカンの間で適当な処理が行われるべきと思うが、根本的な問題は「宗教の持つ原子的な風景は何だったのか」ということを考えなくてはならないと思う。

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